2009年7月19日日曜日

メタボリックにご用心

*本稿は、2007年 (社)企業メセナ協議会発行「メセナセミナーシリーズ No.10」への寄稿文
「メセナ未実施企業の視点から 4」の転載です。

 
【 部屋とYシャツとアート 】

 これは、体験に基づいたフィクションである。ある平日の午後、受付からの内線電話が鳴る。「あのぅ・・・アート・ナントカの“代表の方”が、ご来社ですが。。。」どうやら、名前がうまく聞き取れなかったようだ。しかも、いただいた不規則な形状の名刺には、普通よりかなり小さい文字で一見すると日本人名だと理解できないような文言がかれているらしい。電話を切り、急いで受付に向かうメセナ担当者。今日は、ダンスカンパニーの練習場所として、自社の施設を提供することになっている。
 いつもの商談室、Yシャツにネクタイ姿で来客対応中の社員たち、その中に、明らかに企業人ではない服装、スーツに対する普段着という意味ではなく、普段着の中でもどちらかといえば“個性的”と表現される服装の方々がたたずんでいた。担当者を見つけ、「いやっほぅ♪」といわんばかりにハイテンションの代表者。“周りがヒくからテンション下げて。。”ともいえず、苦笑いの担当者。怪しい団体ではありません、と後で釈明を繰り返すも、次からは、せめて受付近辺の部署には根回ししておこうと心に決めた。アートの場に企業人がいることの違和感は前稿で書いた。今回担当者は、その逆の体験をすることとなった。

【 あのコが欲しい、あのコじゃわからん 】

 資金による支援ではなく、商品などのヒト・モノを提供する「非資金メセナ」は、近年注目が高まっている。中でも前述のように施設を活用する取り組みは、「空間支援」と呼ばれている。アート側も心得たもので、昨今、非資金の支援依頼が増えたように感じる。「どんなモノでも、余っているモノでも良いので提供して欲しい」こんな依頼をいただくことも多いが、そもそも企業内に、「正式に余っているモノ」なんてありえない。たしかに、メーカーともなれば、様々なモノが存在している。長期在庫や、開発過程の試作品、傷などで「性能には問題がないが、売り物にはならないモノ」たちである。しかし、これらとはいえ、「資産」として管理されている。捨てる場合は「廃棄処理」をするのであって、単にゴミ箱行きという意味ではない。そもそもメーカーにとって商品廃棄は断腸の思い。それをやむを得ず廃棄するわけだから、それなりの手続きが必要なことを、まずご理解いただきたい。資産廃棄の「稟議」を起こし、廃棄する商品を指定された廃棄場所に捨て、その証拠写真を撮り、○月○日廃棄完了という実施報告書を作成しなければならない。捨てるからといって黙って持ち帰った場合は、業務上横領という犯罪。たとえ廃棄を行うものでも、第三者に提供する場合は寄付行為となる。

 もうひとつの誤解は、「どんなモノでも良い」というリクエスト。例えば自社の場合、数百万円もする機材もあれば、数千円のお手軽キットもある。察するに「貸してもらえるなら贅沢はいわない」という遠慮の現れなのだろうが、これは、企業にとって本末転倒な申し出だ。商品を提供することは、直接的に企業イメージを訴える絶好の機会。高評価ならプラスイメージを得るが、例えばイベント規模に対して小さすぎる機材を提供したがために用途を満足せず不満が残れば、それはマイナスイメージとなる。自社の評判を落とし、自社も、主催者も、観客も誰も満足しない支援行為など言語道断。「支援する以上はそれなりのモノを」と担当者が考えるのは、アート側への好意もあるが、自社のブランドイメージを守る意味も大きい。

【 メタボリックな経費と労力 】

 非資金メセナいえど、実際には経費が発生している。製品貸出の場合であれば、貸出用品として販売用在庫からメセナ担当部門に物品を移管する処理が必要となる。組織は縦割り、たとえ同じ企業内でも、部門をまたいだ商品のやりとりはお金を払って他部門から商品を買うのが流儀。もちろん正価ではなく原価に近い金額を経費振替する手法だが、こういった「隠れ経費」は知らぬ間に蓄積していくものだ。加えて、企業全体で考えた場合、販売品が1個減り、非販売品が1個増えるわけだから資産的には「損失」。ここでも計算上経費を消化していることになる。また、輸送費、設置に技術スタッフを要するモノなら人件費、使用後のメンテナンス費用なども必要だ。
 空間支援の場合でも、光熱費などの経費は発生する。しかし、この場合は経費よりも、社内に“部外者”が入ることに対する抵抗感のほうが大きいだろう。セキュリティ上、メーカーや研究施設などの場合、社員ですらIDカードを携帯しないと社屋内をうろつけず、情報漏えいを防ぐためカメラ付携帯電話も持ち込めないほど、厳重な管理がなされている場合もある。アート関係者とはいえ、例外とはならない。また、事情を知らない社員から「不審者」として通報されては目も当てられず、そのために「今日は、こんな方々が来ます」と事前に関係者への告知が必要となる。加えて、音楽を使用する場合の近隣への配慮や、企業秘密に関する物品の事前撤去など、詳細をあげればきりがない。保守的な企業の場合、目新しいことを禁止する理由と難癖は後からいくらでもついてくる。そうならないための気配りのススメ。いわば「隠れ労力」というべきものだ。

【 企業資源を発掘せよ 】

 ネガティブな面ばかり強調したが、これはあくまで、企業攻略のために内情をお伝えしただけで、アート団体の方々には、ぜひ積極的に企業に非資金支援を求めていただきたいと思う。
メセナ活動を行う上で、他社との差別化は昨今の大きなテーマ。どの企業も「自社らしい活動」を模索している。自社の商品や施設の提供を通じて本業に近い支援活動を行うことは、それだけで他社に真似できない独自の活動となるだけでなく、より直接的な企業イメージを関与者に訴えかけることができる。また、空間支援の場合、活動を社員が見学するなどアートを実体験できるメリットがあり、活動の社内理解を促進する効果がある。
 メーカーでなくとも、どんな企業にも有意義な資源はあるものだ。たとえ、直接的にアートとイメージが遠くとも、アイデア次第で十分活用できる。ただ企業側が、自らの資源の価値に気づいていないだけだ。アート側は企業の資源を掘り起こし、積極的に活用する術を探して欲しい。そして、手ごわい相手を説き伏せて、目をつけたモノを手にして欲しい。それは、自らの活動にとってメリットがあるだけでなく、企業に「新しいメセナ活動」の可能性を気づかせることになるのだから。